中学2年の頃、僕は学校が嫌いだった。友達もいなかったし、面白くもなかった。「頭が痛い」と言って休んで、一日中ゲームをしていた。
不幸だったわけじゃない。変わりたいとも思っていなかった。勉強ができなくても不便だと思わなかったし、このままでいいと思っていた。
ある年末、祖母の家からの帰り道。父が、いつもは寄らないカート場——佐賀県の「オーシャンカートランド」——にふと立ち寄った。父もあとから「たまたまだった」と言っている。当時の父は新聞配達店の店長。僕とそんなに話す方でもなかった。
初めて乗ったカートは、スリルと、知らない遊びと、没頭。どれも、それまでの毎日では感じたことのない感情だった。降りて、タイムボードを見た。他の人のタイムと並んでいて、思った。「もっと速く走れる」。
何も欲しくなかった僕に、初めて「もっと」が生まれた瞬間だった。
そこから2〜3週間に1回、カート場に通った。家計は楽じゃなかったはずなのに、父と母はお金を出し続けてくれた。ローカルの月間タイムアタックで1位を取るようになって、カート場で出会った人とレースに出て、F1レーサーという夢ができた。
夢ができたら、やることが変わった。車の構造が知りたくて、自動車工学科のある高校を調べた。学力は足りていなかったけど「まだ間に合う」と思って、塾にも行った。合格して、皆勤で、学年一位で卒業して、自動車メーカーに入った。
F1レーサーには、なれていない。でも夢に向かってやるべきことをやっていくたびに新しい世界が見えて、やりたいことは更新されていった。あの日のカート場が、僕の人生の入口だった。
自分からカート場に行くことは、絶対になかった。車で40分、免許もない。それ以前に、行きたいと思う理由が、僕の中に存在しなかった。もし当時の僕に「近くにカート場がありますよ」という案内が届いていたとしても——たぶん、使っていない。
届くべきだったのは、僕じゃない。ハンドルを握っていた父だ。
最近になって、父がその日のことを話してくれた。カートを降りた僕が「楽しかった」と言った、その顔を今も覚えているらしい。それが嬉しかったらしい。
人生を変える出会いは、自分では選べない場所にある。だったら、「たまたま」の数を増やすしかない。
めぐるは、あなたのLINEグループに月に数回、近くの「たまたま」を届けるサービスです。そして、誰かが「楽しかった」と言ったその日を、写真1枚で残していく記録帳です。父が今も覚えているあの顔を、あなたの大切な人にも。
ちなみに父は、めぐるのことを知っている。ただのカレンダーアプリだと思っている。あのカート場の話だとは、まだ気づいていない。
——めぐる開発者 拓海